西洋哲学史【part2】〈タレス〉 

「ギリシア哲学のはじまり」

文化と歴史の交錯点 「ミレトス」

 前回でホメロスやヘシオドスたちの叙事詩の話をし、民族や神々と人々の歴史などの集団レベルのものを歌う人々から、これが徐々にサッフォーなどの抒情詩人やまさに哲学者たちなど個人レベルで懐かれた想いや思想を物語るようになるという風にみてきました。
 こうして生まれてくる哲学者は、偶然でもないでしょうが、その最初の源流はホメロスがその地に生を亨けたと思しきイオニア地方に芽吹くことになります。「ミレトス」というこの都市は富裕な商業都市として栄え、叙事詩の伝統に見守られる一帯に含まれながら、メソポタミアやエジプト、ペルシアとの交互の影響の下にあり、宗教にしても自然科学にしても様々な知識が集まるところでした。この地でいわゆる「イオニア自然哲学」という初期のギリシア哲学が生まれていきます。自然哲学、という言葉はその後の進展で様々な意味を帯びていくことになりますが、ここにおける疑問は次のようなものです。

「この世界のあらゆるものは、突き詰めていくと一体何からできているんだろうか?」

 私たちは別に特別な科学の知識がなくとも、それが原子のような細かい粒子とそれらの間に常に働きながら影響を及ぼし合っている力だろうと知っています。少なくとも
(1)究極には一つのものや原理でできている。だとか
(2)それで自然のみならず人間のことまで説明する

 というようなことはしないでしょう。水平リーベの周期表には110以上の元素が書いてありますし、人間の心の働きなどを原子や電子信号で説明づけるのは少なくとも現在までできてはいません。こうした前置きの後には、ではそういう拙い法則を唱えた人びとの古い自然科学の話が始まるのだろうと思われるでしょうが、古代の知恵はしかしそこから始めて論理的な推論と慎重な観察から雑駁ながら200年足らずで「原子論」へと到達しますし、その道のりには感心させられるどこまでも正気な議論が見て取れます。もし私たちが寄りかかることのできる二千年以上分の自然科学の偉大な功績や人々の歴史を知らずにこうしたことを考えるのならば、知識ではなく、知恵によって今もまだ解き明かされていないような巨大な問いにぶつかったら、どう考えていくでしょう? ここから数パートは、そんな立場に置かれた賢者たちの考えの物語を見ていきましょう。

哲学の祖 タレス

 哲学は古代のギリシアにはじまり、しかもそれはホメロスの地イオニア地方の、しかもその内ミレトスという商業都市で生まれたといいます。そしてさらにその最初の祖にあたる人物は紀元前四世紀の大哲学者アリストテレスによればタレス (タレース Thales 前624年頃-前546年頃)という男に遡ると言います。彼は哲学者と呼ばれるよりはむしろ単に賢者(ソフォス)と呼ぶ方が良さそうな人物です。実際哲学者(フィロソフォス)という言葉が「知を愛する者」というその内に安定していく意味で語られることは数学で有名なピュタゴラスに生まれると言います。この辺りはまた今度の話に回します。
 さてタレスはそのように単に哲学だけしていた人というわけではなく、全般的に様々なところでその知性を発揮したという話の残る人ですが、まずは歴史家ヘロドトスに語られることで知られる、暦法を用いて日蝕の日の予言を的中させたことが挙げられるでしょう。

その後、キュアクサレスがそれらのスキュタイ人の引き渡しを要求したのに、アリュアッテスが応じなかったので、リュディアとメディアの間に戦争が起り五年に及んだが、この間勝敗はしばしば処をかえた。ある時などは一種の夜戦を戦ったこともあった。戦争は互角に進んで六年目に入った時のことである。ある合戦の折、戦いさなかに突然真昼から夜になってしまった。この時の日の転換は、ミレトスのタレスが、現にその転換の起った年まで正確に挙げてイオニアの人々に預言していたことであった。  
                   ヘロドトス『歴史』1-74(岩波上巻p.60-61)

 その年は前585年とされ、大体の彼の生年月日の特定にも役立っています。また紀元後五世紀のプロクロスという人は彼をエジプトで学んだ測量術によって様々な発見をし、ギリシアの人々に恩恵をもたらしたと言いますし、アリストテレスは『政治学』という書物の中でオリーブの豊作を見込んで搾油機を買い、賃料をとることで一儲けした話を出し、哲学者はその気になれば実生活における知恵を発揮するのだということの例えに取り出しています。万学に及んだアリストテレスの器用さを以て言わせればそうかもしれませんが、実際のところはどうでしょう。彼には一方でこんな話も残っています。

ソクラテス 
「それはつまり、求知者というものは、ちょうどその一人であるタレスが、テオドロス、あなたの前ではあるが、星度推考をして上方を眺めていたときに坑陥(あな)に落ちて、トラケ(トラキア)出のきいたふうなあるおどけ婢(おんな)に、「あなたさまは熱心に天のことを知ろうとなさいますが、御自分の面前のことや足もとのことにはお気づきにならないのですね」といってひやかされたという、ちょうどあの話の通りのものなのだということなのでして、同じ冷評は求知者生活をしているほどの者すべてに当てはまるのです。」
プラトン『テアイテトス』174a-b(岩波p. 125-126 )

 ここについては2021年に出ている『ギリシア哲学史』のp123にブッデンジークという研究者が、当時地に掘られた穴から天体を観測する方法があるとかでタレスはあえて入っていったという説を述べたということが紹介されています(Friedmann Buddensieg『Thales Down The Well: perspectives at work in the digression in Plato’s Theaetetos』2014) 。トラキア人というのは下男、下女に取られることが多かったそうなので、ものの分からない者の例に取ったと考えるとあるいはそうなのかもしれません。
 さて、真偽のほどは分かりませんが、しかし哲学をする人々に対して

「連中はたしかに人生において重要なことを考えていたり勉強しているかもしれないが、しかしそれらは直接すぐに人生の役に立つわけではあるまいし、連中自身実生活では何の役に立たない無能で、実生活上の有能さを示せない隠れ蓑として難解なことをこねくり回しているに過ぎない。」

というような声は確かに古代にありました。現代でも基礎研究をしている人や、芸術家たちに対してこういう視線があるくらいですから、今よりも「個人」というものがはっきりしていない古代のギリシア世界においては一層肩身が狭かったでしょう。プラトン『ゴルギアス』という作品ではカルリクレスという人物がまさにこのようなことを述べています。

かくて、事の真相は以上述べたとおりなのであるが、これはあなたにもわかってもらえるであろう、あなたが哲学はもういい加減にやめにして、それよりももっと重要な仕事へ向かうならばだね。というのは、いいかね、ソクラテス、哲学というものは、たしかに、結構なものだよ、ひとが若い年頃に、ほどよくそれに触れておくぶんにはね。しかし、必要以上にそれにかかずらっていると、人間を破滅させてしまうことになるのだ。なぜなら、せっかくよい素質をもって生まれて来ていても、その年頃をすぎてもまだ哲学をつづけていたのでは、立派なすぐれた人間となって、名声をうたわれる者となるのに、ぜひ心得ておかなければならないことがらを、どれもみな心得ないでしまうにきまっているからだ。すなわち、そのような人間は、国家社会に行なわれている法律や規則にもうとい者となるし、また、公私いろいろの取りきめにおいて、人びとと交渉するのに用いなければならない口上も知らず、さらに、人間がもついろいろな快楽や欲望にも無経験者となるからである。つまり、一口でいえば、人さまざまのあり方について、まるっきり心得のない者になるからなのだ。
                プラトン『ゴルギアス』484c-e (岩波p.138-139)

 タレス自身は何も書き残していないのでこれらの話は伝説にすぎないものです。ですから、哲学者を擁護したい方便として「哲学の祖」にこのような話を持たせたということは全面的ではないかもしれませんが有り得る話です。とはいえ、やはり彼を万能人的な賢者とも見たくなるのは、タレスの弟子にあたるアナクシマンドロスもその師と同様に万能人的な賢者であったと伝えられることも一つにあるかもしれません。しかしいずれにしろ功績から見るとタレスが万能人であったかどうかはさしたることではないように思えます。

タレスの功績

 タレスの哲学者としての事績はイオニアに自然哲学というものの礎を築き、特にその本拠地ミレトスに続いた自然哲学の一派であるミレトス学派をなしたことにあるでしょう。そして、と言っても、彼自身はおそらく一篇も著作を残さなかっただろうとされているように直接にその思想を知ることはできないため、後世の言い伝えや断片を参考にしていくしかありません。往々にしてこの時代の哲学者はほとんどこんな具合です。というわけで伝わるところによると、と挟みますが、彼はこの世界に対して疑問をぶつけます。

「この世界は、究極のところ何からできているのか?」

「あらゆるものが生まれては死に、流れていく。この中で根底にずっと変わらず在る不滅の何かとは何だ?」

と。確かにどんなものも何かから生まれます。人間には親が、親にさらに親、先祖があり、植物は大抵種から生まれます。またどんなものも分解してみるとより小さな器官からなっていて、その器官もさらに細かなものでできていることが分かります。これらの一番始めには何があったのでしょうか。アルケーというギリシア語は「始まり」「根源」を表わす言葉で動詞形で「支配する」という意味もある言葉です。一番始めのもの、究極に突き詰めた何か、タレスはこの万物の根源「アルケー」とは何かを問いました。そしてその答えは「水」(或いは「湿り」)であると彼は言います。実際のところその真意は諸説に分かれ、はっきりと一義には定まりません。ですから何とも言い難いところですが、まず以てイオニア地方も当然面している通り、ギリシアには葡萄酒色に広がるという美しいエーゲ海が満ち引きしています。海には川が入り込み、川には雨水が流れ込みます。またあらゆる動物には血が流れ、葡萄もオリーブも搾れば果汁に満たされていることが分かり、木々も葉にも液体が通っています。また火も雷が生み出すとしたら雷雲を生み出す海という水に、というような生成変化、循環の元をたどるとというような説もあります。アリストテレスの『形而上学』という本から少し参考にしてみましょう。

しかし、こうした原理アルケーの数や種類に関しては、必ずしもかれらのすべてが同じことを言っているわけではなくて、タレスは、あの知恵の愛求[哲学]の始祖であるが、「ヒドール」がそれであると言っている。(それゆえに大地も水のうえにあると唱えた。)そして、かれがこの見解をいだくに至ったのは、おそらく、すべてのものの養分が水気のあるものであり、熱そのものさえもこれから生じまたこれによって生存しているのを見てであろう、しかるに、すべてのものがそれから生成するところのそれこそは、すべてのものの原理アルケー〔始まり・もと]だから、というのであろう。たしかにこうした理由でこの見解をいだくに至ったのであろうが、さらにまた、すべてのものの種子は水気のある自然性フィシスをもち、そして水こそは水気のあるものにとってその自然の原理であるという理由からでもあろう。 
               アリストテレス『形而上学』983b (岩波上巻p.32-33)

 またこれも重要なことですが、ここにおいてアリストテレスはホメロスやヘシオドスをそう呼んだように「神話者(テオロゴイ)」ではなくタレスより後の人々を「自然学者(フィシオロゴイ)」と呼びました。神話的な説明づけと学問的な真理の追究の分かれ目はどこかという時、少なくともアリストテレスはタレスが初めての「自然学者(フィシオロゴイ)」であり、「哲学者(フィロソフォス)」であるように線を引きました。
 いずれにしろこうした観察と類推によって、タレスはアルケーを「水」と考えたと言われるようになったというのが一般的な理解ではないかと思います。しかし彼において大切なことは、この世の全てを何か根源的な一つのもので説明しようという「一元論」というものを考えたことでしょう。この世の起源は「水」だ、ということになれば他にもいやそれは「空気」だ、だとか「火」だ、という風に様々な説の出てくる入口を用意できますし、そもそもこのように一種類の「アルケー」でのみ説明できるものだろうか? という懐疑からより実際に近い議論が進むことになります。例えばこれを「善」と「悪」だという「二元論」で語ってみたり、「水、火、土、空気」の四つ、或いはもっと複雑な要素から生まれるという「多元論」に進めることもできますし、或いは一元論にしてもその一元というのは現実にあるいかなるもので説明できるものではなく、もっと観念的な「時間」やもっと現実を超越した「神」だとかいう話にも進むことができます。「万物の根源(アルケー)は水だ。」と言ってもそれだけだと単なる迷信の一つにしかならないようですが、歴史的に今後発展していく数多の議論の第一歩を踏み出したと考えるとその意義は多大なものです。少しずるいようでもありますが、しかしタレスに関しては分からなくとも、例えば後の時代のヘラクレイトスなど、この時代の人々はあえてこれを見る人々を挑発的に引き付けて、より豊かな議論をわざと引き起こそうとするところがあります。それにまんまと乗るも、あえて乗るも結構ですが、代表的な人だと19世紀にはニーチェが、20世紀にはハイデガーがこの時代の人々をそれぞれの文脈で称えており、それぞれの哲学の枝葉をのばしています。それが賢者の予期によるあえてのものだったのかどうかなどは誰にも分からないことですが、しかしタレスは結果的に非常に豊かな種をいていったといえます。
 少し長くなってしまうので、この「一元論」を生み出したという功績においてタレスを終えて、次でミレトス出身の「イオニア自然哲学者」の三人の内、残り二人、アナクシマンドロスとアナクシメネスの紹介をしようと思います。

前のパート 〈ホメロスとヘシオドス〉
https://doma-on-the-margins-of-thought-history.com/western-history-part1/

次のパート 〈アナクシマンドロスとアナクシメネス〉
https://doma-on-the-margins-of-thought-history.com/western-history-part3/

今回の参考資料

・『哲学の歴史 第一巻 哲学誕生 始まりとしてのギリシア』 
 中央公論新社 2008年 責任編集:内山勝利
 
・『A New History of Western Philosophy In Four Parts』 
 Oxford University Press 2010 著:Anthony Kenny

・『ギリシア哲学史』
 筑摩書房 2021年 著:納富信留
 
・『概念と歴史がわかる西洋哲学小辞典』
 筑摩書房 2011年 編者:生松敬三、木田元、伊藤俊太郎、岩田靖夫

・『ギリシアの哲学者たち』
著:W.K.G.ガスリー 訳:式部久、澄田浩 理想社1973年

・『古代哲学史 タレスからアウグスティヌスまで』
著:A.H.アームストロング 訳:岡野昌雄、川田親之 みすず書房1987年

・『西洋哲学史 古代から中世へ』
著:熊野純彦 岩波書店2006年

・『西洋哲学史 上巻』
著:A.シュヴェーグラー 訳:谷川徹三、松村一人 岩波書店1939年

・『歴史 上』
著:ヘロドトス 訳:松平千秋 岩波書店1971年

・『ゴルギアス』
著:プラトン 訳:加来彰俊 岩波書店1967年

・『テアイテトス』
著:プラトン 訳:田中美知太郎 岩波書店:1966年

・『形而上学 上』
著:アリストテレス 訳:出隆 岩波書店1959年
 

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