西洋哲学史【part5】〈ピュタゴラス学派〉

数が一番の基礎?

ピュタゴラスとピュタゴラス学派

 ギリシアに哲学が芽生え、「この世の事物の根本とは何か」「突き詰めていった究極のものは何か」という問いからタレス、アナクシマンドロス、アナクシメネスの三人のミレトス学派と呼ばれる人物たちが、その万物の根源「アルケー」を見出そうと現れたのでした。彼らはそれぞれ「水」「ト・アペイロン(無限なるもの)」「空気」をアルケーとし、その後、ペルシア帝国の影響で哲学はギリシアの西と東とに別れて行きました。

 「万物の根源、アルケーとは何か」この問いにおいては、水や空気といったふうに既に自然の中の具体的な何かが生命などの万物に通う生きた原理と考えられていました。しかしアナクシマンドロスもそうだったように、何か自然を超えて、私たちの眼に見えない世界の裏側で万物を統べているものがあるのではないかという発想からさらに別の回答も出てきます。

 前回のクセノファネスは南イタリアで流浪の人として過ごしたと見ましたが、大抵シチリア島を中心にしていたようです。今回はイタリアのブーツの、先の方ではありますが先端ではない、と言って伝わるでしょうか。土踏まずに近いところですが、そこが舞台となります。
 場所で言うと南イタリアのクロトンに教団を創立し、党派争いによって荒廃していたイタリアの諸都市を主に倫理的・政治的に結びつけようとしていた人物がいました。彼の名はピュタゴラス(Pythagoras、前570-490年頃)といいます。
 
 彼は別にイタリア生まれというわけではなく、実際は小アジアのサモス島という島国出身です。アナクシメネスとほぼ同年代くらいです。前530年頃、独裁者みたいなものと思ってもらえばひとまずいいのですが、僭主と呼ばれたポリュクラテスの支配を逃れ、先に述べたクロトンに落ち着きます。そこで教団を創り、またもや政治的動乱に見舞われた後同じく南イタリアのメタポンティオンという地に逃れ、ここで生涯の幕を閉じます。 

 彼を含め、初期の教団の人はほとんど著作を残さなかったので彼や彼の思想を知るには間接的証言が重要になってきます。それはとりわけ、この学派であった者たちに。信頼できる証言はピュタゴラスが亡くなってから百年ほど経ってようやく現れます。プラトンが奴隷にされそうな時に買って助けてくれたというアルキュタスという、彼にピュタゴラス学派的な影響を与えたらしい人物や、特に断片の残るフィロラオスに助けられることになります。

 そこから窺い知るだけでもどうにもこの教団は基本的に禁欲的な生活をおくるための色々のタブーがあったらしく、根拠不明ですがエンドウ豆は食べてはいけないだの、パンはちぎるなだのと色々やかましい口頭の教説、アクゥスマタがあったといいます。

 さて、ピュタゴラスはその名を冠した定理によって今の私たちにも知られる、数学の祖とも呼ばれる者の一人ですが、彼と彼の教団の思想を考えると哲学においても重要な位置を占めていると言えます。一言で言えば、彼らにとって、そのアルケーは「数」でした。いや実際のところそうした「アルケー」というのとは異なるかもしれません。アリストテレスは

あの言わゆる「ピタゴラスの徒」は、数学の研究に従事した最初の人々であるが、かれらは、この研究をさらに進めるとともに、数学のなかで育った人々なので、この数学の原理をさらにあらゆる存在の原理であると考えた。けだし数学の諸原理のうちでは、その自然において第一のものは数であり、そしてかれらは、こうした数のうちに、あの火や土や水などよりもいっそう多く存在するものや生成するものどもと類似した点のあるのが認められる、と思った。                『形而上学』985b (岩波上p. 40)

と言いますが、あくまでそれも一つの解釈であり、彼らは天文学や音楽や心理学や倫理学にまで、すなわちほとんど生活にかかわるすべてに数の原理を適用しようとしたため、どこかタレスが「水」のことをそう述べたような根本原理を超えているようでもあるのです。

 その成果は音楽において、古代に見出されたピュタゴラス律の発見という形で現れています。その経緯はそもそもピュタゴラス本人かどうかも分からなければ、色々と眉唾なものではありますが以下のようなものです。たまたま彼が鍛冶屋の側を歩いている時、ハンマーが金属を叩く音が重なりとても美しく響いた時がありました。ドで言えば、その音と共に一つ高いドや低いド、またソ、ファを鳴らすと美しく響くことに気付き、調べるとそのハンマーの重さが◯.◯対◯とか◯.◯対◯.◯◯とかいった風に小数の言えば汚い数字の比ではなく綺麗な整数の比になっていて驚きます。そんなことが偶然であろうかと。ピュタゴラスは数と音楽の神秘的な調和に気付きそこから、いや音楽だけではない、世界の背後には必ず数があるのだという信念を抱くようになったと言います。

 まあ真偽はともかく、こうした数の一種の崇拝は止まるところを知らず、一は点、二は線、三は平面、四は立体と万物を彼の教団は数に還元しようとします。まあ二つの点を結べば線になりますし、三つなら最低限三角形という平面図形ができますし、四つもあればギリギリ三角錐という立体図形ができますからここまでは何とか分かるにしても例えば正義は三だの四を表していると諸説別れていたりだとか、知性は一、思いなしは二、全体は三などとあらゆる検証不可能なことまで数に還元して、それらは教団の中で強く信奉されるようになりました。時代を経ると、それらは数が何かを象徴しているというような穏やかなものではすでになく崇拝の域にまで至ります。つまり、あらゆる物事も突き詰めればその根源に何かが(アルケーが)見出せるというのではなくそもそもあらゆる物事は数で説明されるという風に、万物の原型、本質というよりもはや数すなわち万物だという風になってしまいました。この点は哲学史ではよく思われませんが、しかし哲学上の美点として、自然にある具体的なものでないもの「数」やそれがもたらす「調和」など、何かしらの抽象的な原理が万物の根源にあるとしたことは認められます。実際近代科学以降の時代はすべての事象を数式に置き換えることはできないか、論理的な記号で説明できないかという試みは盛んになります。

 他のことについても様々伝わってはいますが、そもそも秘匿性の強い教団だったので主張も曖昧で印象的ながら眉唾な言い伝えも多いのです。よって中々信用に足るものがないのですが、それでも全体的な傾向として、タレスたちのイオニアの哲学のような自然哲学が、この頃からもっと柔軟に必ずしも具体物ではない論理を扱うようなものが「アルケー」を巡る問いに加わってくるようになりました。後の「エレア学派」たちにはそれが色濃くみられます。またピュタゴラスは初めて哲学者(フィロソフォス=知を愛する者)という言葉を用いた人だと言われたりしますが、これは後に出るヘラクレイトスという人の時に話します。

 ピュタゴラス教団はそして何より思想のバトンを繋ぐ役割において大きなはたらきをしました。後に繋いでいったという話は所々で出ていますが、ピュタゴラス教団の前にも、イタリア半島には影響力を持った思想があったのです。ここには「オルフェウス教」という宗教がありここについてはやはり背景として説明を避けないわけにはいきません。

オルフェウス教

 前六世紀に現れたオルフェウス教はギリシア世界においては中々特異な宗教です。彼らは伝説上の詩人オルフェウスムーサイオスについての大量の文献を残し、独自の規則や儀式を持った禁欲生活を送る集団として知られています。そして教え自体はキリスト教が古代地中海を覆うようになるまで続いていたといます。

 教義としては、オルフェウス教徒たちが崇拝した神ディオニュソス・ザグレウスを食い尽くしたティーターネス(ウラノスとガイアの子供たち)の灰から人間が生まれたという物語が中心にあります。つまり人間は神的な性質をもつ魂と、大地からできたこの世的な性質をもつ肉体の混合物であるというのです。ですからその魂の部分を大切にして、大地や肉の要素から神的な要素を救い出すということが目標となるのです。「肉体とは魂の牢獄である。」という思想はここに遡ります。この言葉はよくプラトンのものだとされますが、少なくともこれを引き継いでいるピュタゴラス学派のフィロラオスの断片には既にこれがみられます。

断片14
「昔の神学者たちも予言者たちも、ある罰のために魂は肉体のうちに繋がれ、墓のなかに埋められるように、その肉体のなかに埋められているということを、証言している。
『ソクラテス以前の哲学者』p. 228-9

魂を救わねばならないのは別に理念的な目標というだけではありません。自分たちに関わる深刻なことでした。魂が救われなければ生命は人間に限らず様々な動物をも通って転生を繰り返していくと彼らは考えていたためです。この「永遠の罰」からの解脱、至福の生への還帰のことを「浄め(カタルシス)」と言ったりします。この部分に関しては、前回に出てきたクセノファネスの断片をちょっと見てみましょう。ここでの彼はピュタゴラスだということです。

断片7
「あるとき、彼は小犬が打ち叩かれているところを通りかかり、不憫に思い、こういったと伝えられている。「やめよ、叩いてはならぬ。これはわたしの友人の魂だからだ、その鳴く声を聞いてそれとわかったのだ。」 p. 218-9

 肉体が死んでも魂はどの動物に入るか分からないためです。それは救いきれなかった彼の友人の魂が犬に転生したものだと言います。もっとも状況が状況なので、ピュタゴラスはただ犬をいじめるのをやめさせたくてうまい具合にやり込める言い方をしただけかもしれませんが、いずれにしろクセノファネスの断片ですから、ピュタゴラス派の思想への揶揄と見るのが穏当でしょう。
 肉体は死んでも魂は死なず転生すること(魂の不死説)。一度魂が還ってまたこっちの世界に降りてくるという下界の観念、或いは他にも男女の平等などの考えをピュタゴラス教団も多く引き継ぎ、それらはやがて、実際自身も影響を受けた後の大哲学者プラトンに流れ込んでいる点で極めて重要です。

 さて、それではもう少しピュタゴラス学派の哲学的要素を特に断片の残るフィロラオスに見ていきましょう。そうでもしなければ、その影響に対してこの学派の実体は曖昧に過ぎるためです。

フィロラオスに見る思想と宇宙論

 先にやかましい教団の教えアクゥスマタをちょっと紹介しましたが、そこにはかなり教団の哲学的な思想もありました。彼らは何を大事にしたかというと「調和(ハルモニア)」です。ハーモニーという英語にまで引き継がれている語です。彼らがその思想の象徴としたものはテトラクテュスという三角形です。4センチの正三角形を1センチ毎に点を打ってその真ん中に点を打って辺を全部消してみてください。一番下の列から上に4つ、3つ、2つ、1つの点の並びが三角形を作っている図形ができると思います。これがテトラクテュスです。1+2+3+4=10 となる図です。また基本の音をドとした時にハーモニーを生み出す完全◯度という距離の音はファとソ、そして一つ高いドなのですが、これらは完全八度、完全五度、完全四度と呼ばれます。そしてこれらはそれぞれ弦の長さを1:2 、2:3、3:4、の距離の比で押さえるとなるようです。ここにも1,2,3,4が出てきました。こんな具合で非常に綺麗な数になるのでテトラクテュスはその象徴になりました。例の拡大解釈の思想もあって、その原理は宇宙に押し広げられます。次の断片を見てみましょう。

断片一
「秩序世界コスモス(宇宙)のうちにある自然万有ピュシスは、無限者(限定を受けていないもの)と限定者(限定を加えるもの)から調和的に組み立てられたのだ、全体としての宇宙(自然万有)も、その中にあるいっさいのものも。」p. 224

断片二
「あるものはすべて、限定者であるか、あるいは無限者であるか、それとも限定者であるとともに無限者でもあるか、でなければならない。だが、ただ無限者だけであったり、あるいはただ限定者だけであることはできないだろう。したがって、あるものが、すべて限定者だけであるようなものから、あるいはまたすべて無限者だけであるようなものから生ずることがはっきりとない以上、宇宙とその中にあるものどもが、ともに、限定者と無限者から調和的に組み立てられたものであることは、かくて明白である。そして、以上のことを現実にある事物もまた明らかにしているのだ。それというのも、限定者そのものから由来するものどもは、 (ものを)限定し、他方、限定者と無限者の双方に由来するものどもは、限定するとともに限定しない。 また、 無限者に由来するものどもは、無限者として現れるであろうからだ。」p. 224-225

断片三
「というのも、もしすべてのものが無限者であるなら、認識されうるものは、初めからけっして存在しないであろうからだ。」p.225

 これ自体は非常に意義深い断片だと思います。断片三でも言っているように、私たちは無限なものを認識できません。それは有限である私たちにはあまりに遠すぎるからというのがまず第一でしょう。

 限りがなければどこからどこを切り取って名前をつけて呼ぶこともできません。宇宙は私たちには最も巨大なものですが、無限は宇宙よりもさらに遥かに果てしないのです。膨張しているかも分からない、限りを知らない何か、これが「空間的な無限」です。そしていつまで広がっていくのか、いつから広がっているのか、それさえ測り得ないほど限りないもの、これが「時間的な無限」です。それはまさに無限、限り無しとしか呼べない私たちの認識には有り余る距離を持った何かです。つまり、まず量的に私たちとは限りなく隔たっているもの、これが無限です。

そして宇宙は広がり続けている点で無限であり有限でもあるものです。何故ならその生まれと広さは観測され続けているということはもちろんですが、有限である私たちをその内に孕んでいるからです。有限であるものが無限とされるものを構成しているのです。しかしこれでは当然説明不足です。というのは、無限というのは限りあるものと量的だけではなく質的にも限りなく隔たっているためです。

 ちょっと例を見てみましょう。「量的な無限」は私たちより大きいものを見るときに考えやすいですが、「質的な無限」は私たちより小さいものを見るときに考えやすいです。
 
 その距離はそれぞれの個物にもあります。私たちは目の前の花を花だと認識できます。しかし、何を以てそれを花と判断したのでしょう。花びらを持っているからでしょうか。だとすると何故そもそも花は種からああした花びらをもった花という形になると決まっているのでしょうか。遺伝情報があるからでしょうか。だとするとなぜそうした遺伝情報たちは花や人間、動物などに別れ、それぞれの形を生み出していくのでしょうか。環境に適応するためでしょうか。だとすると環境がすべての遺伝情報を決め、生物がそのような形になるように決めているのでしょうか。だとすると環境に改変を加えた歴史の上に立つ人間とは何なのでしょうか。…いろいろと考えていくとやはり、それぞれの存在たちは自分たちの外にある世界の都合だけではなく自分たちの内側の都合も影響して生まれてきていそうです。しかしそれは自分たちの意志ではどうにもならないものによって生まれてくる。それを西洋では伝統的にそのものの「本質」というのです。私たちが普段これは〇〇だとか言って認識しているものは言わば「見せかけ」に過ぎず、ただ見え、聞こえ、嗅げ、触れるだけでそれが存在していることを確信しているだけで、その存在しているものが何によって存在させられているかを知りません。そしてそこに在るものを存在させている、この本質はどうしても知り得ないと言います。なぜならこの本質との距離が無限に隔たっていて、人間には遠すぎるためです。こういう存在と本質との距離のような測れないけれども決して届かないような距離を隔てているものが「質的な無限」です。有限である人間が無限に距離のある本質に至るということは「何故存在しているのか」「何のために在るのか」といった問いに答えを与えることと同じです。この探究の答えが不可能である以上、距離は無限に隔たり続けています。花でも人間でもどんなものでも有限な生き物としての存在を持っていますが、どんなものでもその奥には人間の知り得ない、無限の本質がある。よって人間も有限でかつ無限の存在だと言うのです。次の断片を見てみましょう。

断片六
「自然ピュシスと調和ハルモニアについては、以下のようである。もろもろの事物の永遠な存在性エスト(本質)と自然そのものとは、人間的な知ではなく、あくまで神的な知を必要とする。ただし、もし宇宙(自然万有)を構成する諸事物、つまり限定者どもと無限者どもの存在性がなければ、およそ存在し、私たちによって知られるものの何ひとつとして、存在することにはならなかったという点だけは別であって(これは人間的知の対象となりうる)、そして、これら (二つ)の原理は同じものでもなければ、同族のものでもなかったから、それらの原理によっては宇宙の秩序づけはなされえなかっただろう。…略…」p. 225

 ピュタゴラス学派の人たちにとっては、このような神秘的でかつ危うげな、一歩間違えたら何も認識できなかったり、存在しているものすべてが眼に見えるものだけになり、「質的な無限」の隔たりに気づかなかったりする恐れのあるものとの関係に注意します。鈍感であれば本質などはなくつまりただ目の前に存在しているということをただ受け容れるだけで、その当たり前の不思議、何故存在を存在たらしめているのかというところに問いを向けられなくなってしまうからです。だからここは敏感に注意しないといけないのです。すると、そもそもこちらが気を付けなくては鈍感な人が陥ったような見逃しをしてしまうような微妙な関係に限定者と無限者とはあることがわかります。なので、彼らはこの限定者と無限者との間の関係にはある「秩序」が必要だと言います。限定者と無限者はどちらかだけではなく、どちらも確かにあるためです。その秩序であるのが「数」でした。

 その秩序を持った世界の姿というところで正直私たちはついていけなくなるのです。というのも、断片の五にあるように、宇宙は奇数という限定者と、偶数という無限者、そしてそのどちらでもある一という奇偶数(普通の数学で言えば奇数ですが)による「調和」によって秩序世界として存在しているということが彼らの思想であり世界観であり信仰でもあったからです。

 しかしこのような特殊なとらえ方で打ち出した「一」という思想は数学的に考えるとあまりにも、という具合ですが、哲学、神学においてはより深い体系において受け止められていくことになります。あらゆる世界の部分が他の数だとすると、あたかもそれらの全体というか統一とでも表現しているようになりそれを「一」というのです。すると、他の数は偶数も奇数も有機体のように世界の全体のために秩序だって存在すると考えられるようになります。この「一」の思想はクセノファネスにも少し出てきましたが、やはりこれも先に述べたように、プラトンや特にプラトンをそのように解釈したローマ時代のプロティノスという人にも繋がっていきます。

 前五世紀の半ばを過ぎた頃には、政治的にも影響力を持ったピュタゴラス学派への反対勢力による放火と殺戮から逃れるために彼らは各地に散っていきました。フィロラオスなどはギリシアの本土に逃れてその地では初めてのピュタゴラス学派の中心地を築いたり、先ほどのアルキュタスがプラトンに影響を与えるなどの経緯を辿って後世に残っていきます。
 ちょっと難解なところが出てきてしまい、またそれを上手く表現できた気もしないので、これだけで理解しようとすると難しいと思います。すみません。しかし「無限と有限」という概念は形を変えて様々な時代ででてくることですし、「ピュタゴラス学派」の項で掘り下げすぎるのもうまくいかないような気がするのです。なのでかまわず先に進んでください。そのうちにわかってくればいいのです。
 さて次はこうした伝統のもとに現れ、クセノファネスやピュタゴラス学派の思想を呑んで新たな思想潮流を生み出したと言われる天才的な人物パルメニデスを紹介します。

前のパート クセノファネス
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次のパート パルメニデス
https://doma-on-the-margins-of-thought-history.com/western-history-part6/

今回の参考文献

・『哲学の歴史 第一巻 哲学誕生 始まりとしてのギリシア』 
 中央公論新社 2008年 責任編集:内山勝利
 
・『A New History of Western Philosophy In Four Parts』 
 Oxford University Press 2010 著:Anthony Kenny

・『ギリシア哲学史』
 筑摩書房 2021年 著:納富信留
 
・『概念と歴史がわかる西洋哲学小辞典』
 筑摩書房 2011年 編者:生松敬三、木田元、伊藤俊太郎、岩田靖夫

・『ギリシアの哲学者たち』
著:W.K.G.ガスリー 訳:式部久、澄田浩 理想社1973年

・『古代哲学史 タレスからアウグスティヌスまで』
著:A.H.アームストロング 訳:岡野昌雄、川田親之 みすず書房1987年

・『西洋哲学史 古代から中世へ』
著:熊野純彦 岩波書店2006年

・『西洋哲学史 上巻』
著:A.シュヴェーグラー 訳:谷川徹三、松村一人 岩波書店1939年

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