エレア派の始祖
パルメニデスの思想
前535年頃南イタリアの西海岸の方にイオニア地方のギリシア人たちが開いたポリス(都市国家)であるエレアが今回の舞台です。先に見たクセノファネスとピュタゴラス学派の影響を受けたとするその話の真偽はともかく、そうした哲学的風土のもとで生まれた賢人パルメニデスは、その地の名を冠した「エレア学派」の祖となる人物でした。
ピュタゴラス学派は数という万物の根底的性質を彼らなりに見抜き、多少言い過ぎなところはあっても、これを基礎に哲学的にものを考えていきました。これはそれ以前の自然をモチーフとした「水」やら「空気」やらの原理ではなく観念的で、言わば眼には見えないものでした。「エレア学派」はそうした万物の根源である「アルケー」とは何かといった問いに対して、別の角度から話を進めていきます。これはむしろ今までの話を無理に繋げるよりも、一度別に見ていって後で問題を合流させてみてみましょう。
私たちの周りにはあらゆるものがあります。今あなたの目の前には何があるのでしょう。モニターやスマートフォンというのはもちろんでしょう。机の上、ベットの上には何が置いてありますか? 捨てられるものも置いてあるかもしれません。でも中にはとても捨てられない大切なものも置いてあるかもしれません。でもどうでしょう。それらは永遠に残せるものでしょうか? 家の中で最も古いものを探してみると、代々受け継いだ家ということでもない限り、せいぜい家具や子供の頃の思い出の物くらいになるのではないでしょう。大切なものを残すということ、想い出と共に生きるというのは素敵で尊いことです。子供の頃はそう思っても、消費社会が始まって以来、中々大人になってもその心を保ち続けることは難しくなっています。ピクサーの映画『トイ・ストーリー3』のおもちゃたちは少年アンディがすっかり大学生の青年になるまで大事に取っておかれていましたが、いつまでも一緒にいれるのか、その難しさが本編の問題でした。
今も昔も何かを残そうということは難しく、時には数千年を跨ぐ物もありますが、ほとんどは数百年を跨がないでしょう。仏教や武士の死生観、江戸時代の浮世の考えなどから見るに、死んだら骨だけ、美しき死のために生きよという潔い気風が日本では淡く、時に濃く馴染んでいたように思えますが、たとえば人間も物と同じく何物も残らず朽ち消えていくのだとしたら、少なくとも現代に生まれた私などはその考えはとても寂しく感じてしまいます。ピュタゴラス学派、そしてその背後にあったオルフェウス教にも魂の輪廻転生の考えがありましたが、エレア派の考えはこれを論理的に説明しようとするのです。次の引用はパルメニデスの後のメリッソスというエレア派の人の言葉ですが短くまとまっているので見てみましょう。
断片1
「あったものは何であれ、つねにあったし、またつねにあるだろう。なぜなら、もしそれが生じたであるなら生じる前には、それはあらぬものでなければならぬことになるからだ。だが、それがあらぬものであったとすれば、あらぬものから何かが生じてくることはまったく不可能であるからだ。」 『ソクラテス以前の哲学者』p. 265
これが一般にエレア学派の祖であるとされる賢人パルメニデスの根本的な考えです。この世界には無いということはあり得ず、あり得たとしてもそれを知り得ることはないし、どうあれ既に「在る、存在している」私たちが「存在しない」ものに出会うことはあり得ないのです。逆を言えば新たに何かが無から有に生まれてくることもあり得ません。紙を燃やしても灰となりますがこの世から消えるわけではありません。本は有から灰の有へと移ったのです。すると究極のところ、私たちは死んでもなお完全に無に消えるということはできないのだという風に彼らは論理的に導きます。この辺りは、非常にオルフェウス教と相性の好い考え方でしょう。なぜならそれを引き継いだピュタゴラス学派のフィロラオスも言うように、肉体こそが墓であり、いつも魂は死なず転生を繰り返すためです。
パルメニデス、そしてメリッソスなどを含めたエレア学派の考えは肯定するにしても反対するにしても、ほとんどあらゆる哲学者たちが触れざるを得ない問題を露わにし、今に至るまで広範な影響を与えています。しかしそのパルメニデスがともかくも影響を受けたとされる孤独な人がそれ以前にいました。小アジアに生まれながらエレアに移住したクセノファネスです。彼には彼の導き出した神がありました。それは唯一のものですが、ゼウスたちのように人に似せられた姿や考えを持つものではそもそもなく、ひたすらにこの世の限りあるものたちに隔たった哲学的原理のようなものでした。彼はむしろ同時代の人々がホメロスやヘシオドスを讃え、人に似せられた神々を信じているということを批判し、そうした大衆を軽蔑し、当の大詩人たちを神々に掠奪や姦通、欺瞞をはたらかせているということで罵倒します。この辺りはpart4を見てみてください。
第一部:真理の道
さて、この一者というものをパルメニデスも引き継いでいました。彼のいくらか残った『自然について』ではそのことが語られます。
そもそもこの著作は少し面白い筋立てになっているのです。ヘシオドスに影響を受けただろうことはよく分かるのですが、まずパルメニデス自身が牝馬たちの引く馬車に連れられて正義の女神ディケが門番を司る「大空に聳え立つ門」に至り、その門の先で女神に迎えられ次のように語りかけられます。
断片1
「「おお、若者よ、不死の馭者たちにともなわれ、
汝を運ぶ牝馬たちとともにわれらが館に来る者よ、
やよく来ました。というのも、この道をたどるよう汝を送り出したのは、
けっして悪しき運命(モイラ)ではなく、ーーまことに、この道は人跡遠く離れた道ーー
まことに掟(テミス)と正義(ディケ)のなしたもうたこと。汝はここですべてを学ぶがよい。
まずは、玉なす真理の揺らぐことない心と、
ついでは、死すべき者どもの真の信頼なき思惑とを。
しかしなお、 このこともまた汝は学ぶことになるであろう、いかに思惑されることがらが、
すべてのものを不断に貫き通し、真実らしい在りようをもたねばならなかったかを。」l24-32 p.252-253
断片2
「いまこそ私は汝に語ろう。汝はこの言葉を聞いて心に留めよ。
まことに探究の道として考えうるのは、ただこれらのみ。
そのひとつ、すなわち、「ある」そして「あらぬことは不可能」の道は、
説得(ペイト)の女神の道である―それは真理に従うものであるから――。
他のひとつ、すなわち、「あらぬ」そして「あらぬことが必然」の道は、
この道は、まったく知りえぬ道であることを汝に告げておく。
そのわけは、あらぬものを汝は知ることもできずそれはなしえぬことーー、また
言うこともできぬからである。」p. 252-3
何だか難しい詩的な表現です。実際これはホメロス、ヘシオドスと同じ詩型であるヘクサメトロス(長短短格六脚韻)という形で練り上げられた文章で確かに詩のようなのですが後世のプルタルコスやプロクロスと言った人たちが「それはむしろ散文(ロゴイ)である」という風に言いますからパルメニデスはこの曖昧なる優れた型を狙ったと見ていいでしょう。
まず断片一に書かれているのは
1.「揺るぎない真理」
そして
2.「死すべき(運命にある)者達の揺らぎうる思惑」
です。この順序は大切です。相手は女神達の母なる存在で、パルメニデスは覚者などとして描かれてはいますが、神々とは違い死すべき運命にある者たちである人間です。ですから正しく導かれない限り迷い過ちを犯し、悪にも不正にも染まります。ですからまず最初に誤ったり、都度異なったりする者たちのただの思惑から学ぶのではなく、これが正しいと認められたものから学び、そしてその学びを自らの知として確かなものにするためにも誤った者たちのことを後に知り、きちんと正しいこととは何かを判断できるようにするのです。この1、の道を「第一部」2、の道を「第二部」とするのですが実際第二部が用意された真意はパルメニデスによっては明らかにされていません。ですがそれは畏れ多くもずいぶんと教育的な方法だと思います。
さて、そうしたわけで断片二ではまず、1、揺るぎない真理を探究し始めるわけですが、そこで探究するにはさらに二つの道に分かれるといいます。とはいえ、実質的に人間には一本道です。
1,「ある」そして「あらぬ」ことは不可能の道
そして
2,「あらぬ」そして「あらぬ」ことが必然の道
と分かれるのですが、女神が言うには2,は通行止めというよりそもそも「あらぬ」ということは人間には分からないから気にしないでもよいというのです。そこには確かに道があるというのですが、それは分かりませんし、何か神的な人間がそれを感知したかと言ってこれを表現もできないので探究できないというのです。
神々がどうかは計り知れませんが、少なくともここにパルメニデスが初めて「あらぬ」ことは探究できない、すなわち考え、思惟の対象にはならないということを言ってのけます。というのは、考えられるのであればそれは「在る」し、考えが及ばなくとも探究ができるならそれは「在る」からです。在るか無きか、これらは混じり合わず、合うとするなら論理的には矛盾します。そしてもし「あらぬ」に何かが在ってもその矛盾を超えていく力は人間にはないのです。
断片3
「なぜなら、思惟することとあることは同じことであるから。」p. 253
そして、第一部にあたる真理の道のほとんど全てをまとめたような断片8が与えられます。これは長いので少しずつ読んでいきましょう。ここで「ある」というものが説明されます。後で整理してみますから、ひとまず読んでみて下さい。
断片8
「道について語る言葉としてなお残されているのはただひとつ、「ある」ということ。この道にはきわめて多くのしるしがある。すなわち、あるものは不生にして不滅であること。なぜなら、それは(ひとつの)総体としてあり、不動で終わりなきものであるから。それはあったことなく、あるだろうこともない、それは全体としてあるもの、一つのもの、連続するものとして今あるのだから。それのいかなる生成を汝は求めるのか、いかなる仕方で、またどこからそれは生長したのか。あらぬものからと言うことも、考えることも、私は汝に許さぬであろう。あらぬということは、言うことも、考えることもできないからだ。いったいいかなる必要がそれを、ーそれが生成の始原をあらぬものからもったのならー、遅かれ早かれ、生長させたのであったか。かくして、それは全くあるか、全くあらぬかのどちらかでなければならぬ。また、あるものの他に、なお何かがあらぬものから生じてくることを確証の力はけっして許さないであろう。それゆえ正義(ディケ)の女神は足枷をゆるめて、それが生じたり滅んだりするのを許さず、それを固く摑まえている。これらについて判決は、以下の点にかかっているーすなわち、ある、あるいはあらぬ。だが判定は必然のことながら、こう下された、すなわち一方は、考ええぬもの、名指ししえぬものとして捨てるべしー真なる道ではないゆえにーー、だが他方は、これを真にあるもの、真実のものとみるべし、と。あるものが後に滅ぶなどということが、どうして可能であろうか。生ずるということが、どうして可能であろうか。もし生じた(あった)のならば、それは今あるのではなく、またいつか後にあろうとするのならば、それは(今)あるのではないのだ。かくして「生成」は消し去られ、「消滅」は聞かれなくなった。さらにまた、あるものは分割されない、すべてが一様であるから。あるものは、ここではより多くあるということもない、その事態はあるものが、たがいに結び合うのを妨げることになる。またそれは、より少なくあるということもない、すべてあるもので充ちているのだ。それゆえすべては連続的である。あるものがあるものに密着しているのだから。だがそれは、大いなる縛めの制限のなかで動くことなく、始めも終わりももたない。なぜなら、生成と消滅が、はるか遠くに追いやられたから。真実の確証が逐い出したのだ。それは、同じものとして、同じもののうちに留まりつつ、ただ自分だけで横たわり、かくのごとく確固としてその場に留まる。なぜなら力強い必然の女神(アナンケ)が限界の縛めのなかでそれを摑えているからだ。限界が、あるもののまわりをしっかり固めているのだ。」p. 255-257
何とも長いですが断ち切りにくい文章なのでそのまま持ってきてしまいました。しかもまだ途中です。それでは「ある」の性質を挙げていきましょう。
1、生成もしなければ消失もしない。
なぜなら、「ある」ものは「あらぬ」ものにならないからです。「あらぬ」ものから「ある」ものへと生まれることはありませんし、「ある」ものから「あらぬ」ものへと消えていくことはありません。
2、一つの総体として繋がっていて分割できない。
これはクセノファネスの「一者」にどこか通じています。もし一つの粘土を分けられたとしましょうパルメニデスの解釈によると例えば分けたとしてもその間の空気と粘土とは何等分しようと触れていますから全ては一つであるとでも言うようなものです。そうした話はしていないと言えばそうなのですが、しかし分けたとして、そこに何もないものが粘土と粘土の間にあるとしても、決してそこには「無」はないのです。どこまでも「ある」しかない。するとそこには粘土はなくともその間に手を伸ばしたって手は消えないように、単純に見えない何かが「ある」のです。ここはパルメニデスの根本的な前提ですし、確かにそこからこの話は生まれています。差し当たってそれを空気と言いましたが、この時本質的なことは「無」はなく、すべて「ある」ので分けようとしても「多」には分けられないということです。細切れにしたって粉砕したって消えませんから、分かれません。「ある」ものに対しては「ある」存在がどうこうしたところで結局「ある」ので、逆を言えばあらゆるものは別々に分かれてるのではなく、元々繋がった一つのものだというのです。
3、「ある」は多くはない
これは2、の性質から出てくるものです。分割した粘土も結局「ある」もので一つに結ばれているということはもはやこれを分けることができるもの、一つの粘土を例えば四等分にして四つに増やす或いはもっと多くに増やすことができるのは「あらぬ」という切断だけになります。しかし、「ある」と「あらぬ」は同時には存在しないという絶対原則からそれはないので「ある」は多くないし、もっと言えば一つだというのです。
4、一様で動かず、限界をもつ。
「ある」はどこまでも同じく「ある」だけであり、その濃度のことや多い少ないをパルメニデスは考えません。「ある」はただ「ある」だけです。そしてそれは動いているように見えて、「ある」はどこまでも「ある」の中を動いているので全体で見ると動いていないということになるようです。温泉みたいにここだけ熱いということがあれば熱いからぬるいへと動いていることになりますが、どこをとっても「ある」は「ある」で同じだということならそれは止まっているということになるのでしょう。この辺りはむしろ後のエレア派の人たちがよく説明します。さらに、この「ある」は無限の広がりではなく、どこかに限界をもつのだといいます。そうなるとやはりパルメニデスも「ある」しかないとは言わないわけです。「あらぬ」は、それを在ると人間が認めることはできなくとも、「ある」を必然の女神アナンケが限界づけられていることから認められることになります。
さて、最後まで追ってみましょう。
断片8つづき
「それゆえ、あるものが不完全であることは許されない。それは欠けるところのないものだから。もしそうなら、あるものはあらゆるものを必要としただろう。思惟することと、思惟がそのためにあるところのものとは同一である。なぜなら、あるものーこのものにもとづいてこそ、言表はなされてきたのだーがなければ、汝は思惟を見出すことはないであろうから。まことにあるもの以外には、何ものも(今)あることはないし、(この先)あることもないだろう。運命(モイラ)が、あるものを縛めて一つの総体とし、不動のものとしているのだから。それゆえ、死すべき者どもが、真実のものと信じて定め置いたものは、すべて名目にすぎないことになるであろう。ーすなわち「生成する」も「消滅する」も「ありかつあらぬ」も「場所を変える」も「明るい色を取り替える」ことも。だが究極の限界がある以上、あるものは、あらゆる方向において完結していて、玉なす塊のように、中心からどの方向にも等距離にある。なぜなら、あるいはここ、あるいはかしこにおいて、より大きくまたより小さいこともあってはならぬこと。なぜなら、あるものが同類のものへと至り続けるのを妨げるようなあらぬものはありはしないし、またあるものがあるものにくらべてここではより多く、かしこではより少ない、などということはけっしてないのだ、あるものは全体として不可侵のものであるから。それは、あらゆる方向において自分自身と等しく、限界のなかで一様均質のあり方を保つ。ここで私は汝への信ずべき言葉と真理についての思索を終わろう。これよりのちは、汝は死すべき者どもの思想を学ぶがよい、わが言葉の実なき欺瞞(まやかし)の構成(つくり)に耳傾けて。すなわち、彼らは二つの形態(火と夜)を名付けようと心にきめた、このものの一なること(を言う)必要はない(と彼らは主張するが)ーー、この点において彼らは道に迷っている。そして、彼らはこれらのもの(二つの形態)を、形姿においては相反するものとして区別し、互いに別々の相反するしるしをつけたのだ。すなわち、ここではその一つとして焔のアイテル的火を、すなわち、穏やかできわめて軽く、あらゆる方向において自分自身と同じであるが、他のものとは同じでないものを。だがもうひとつのかのもの、それ自体として反対のもの、暗い夜、すなわち形姿において濃密で暗いものを。世界のまことしやかな秩序化の成り行き(ディアコスモス)すべてを、私は汝に語ろう。死すべき者どものいかなる考えも、汝を追い抜くことがないように。」p. 257-258
最後の性質として、パルメニデスは時間さえも「ある」には関係ないと言います。生まれることも無くなることもない、動くことも無く増えることもない。ただ「ある」がそこにあり続けるだけ、ならば、この先「ある」もこれまでは「あった」もないことになるというのです。「ある」は一つの時間の中でずっと留まっているといいます。これは単なる論理的な反論で返すのならば、そのパラドックスを指摘することになります。パルメニデスは、論理的に説明づけるあまり現実を疎かにしたと。その部分は大いに後のゼノンという人物が引き受けます。しかし、もし彼の言う時間などなく、永遠、無限に長い時という意味ではなく時間という流れの概念では計り知れないものが真理だと彼の言葉を深淵なものとして受け取るのならば、私達は、確かに変化し続けている現実世界を「時間」という概念で解釈してきたことに疑いの眼を向けることができるかもしれません。中々に難しい話への糸口です。
第二部:死すべき者のたちの思惑
そして大事なことはまだ続きます。パルメニデスはこの断片8の中で第二部に突入し
「これよりのちは、汝は死すべき者どもの思想を学ぶがよい、」と続けていきます。つまりここから先は誤りであり、むしろまやかしとしていかにも真実そうな思惑を見て学ぶがいいというわけです。ここからパルメニデスの宇宙生成論が始まるので、生成を否定した以上認めるわけにはいかないわけですが、やはりパルメニデスもしっかりと考えてはいたものと見えます。最終的には否定されるものでも、探究心にしたがって。
その中の代表に「火と夜」の二つを認めたということがあります。「ある」は一つなので当然その原理を二つにすることは許されませんが、あえてここで登場させたのはやはり彼のみならず多くのギリシア人の範でもあったヘシオドスがそれを唱えていたからでしょう。パルメニデスと正反対の人と呼ばれながらどこか深淵さにおいて両雄という感をもたせるヘラクレイトスという人もヘシオドスに対して次のように述べています。
断片57
「大多数の者の教師はヘシオドスだ。人びとは、彼がほとんどあらゆる事がらを知っていると、信じこんでいる、日と夜をまことに弁えることのできなかったあの男のことを。なぜなら日と夜は一つであるからだ。」p.239
断片106
「(ヘシオドスは)すべての日の真の在りかたは、ただひとつである(ことを知らない)。」p.246
どこと定めるのは難しく、火と日とを扱うのは微妙ですが、パルメニデス自身後の断片9では「光と夜」と言い直しているやその対には闇ではなくの夜が据えられていることからもそのような意味ととらえていいのでしょう。ヘシオドスの『神統記』には次のようなところがあります。
「そこでは夜(ニュクス)と昼(ヘメレ)が近づいてきてたがいに挨拶をかわすのだ
(入れ替りに)大きな青銅の敷居を跨ぎ越すときに。
一方が館の内に入るとき 他方は 戸口から出て来る。
その館は彼女たちを二人とも(一時に)なかに留めておきはしないのだ。
いつも 一方が館から出て
大地の上を巡り回る間 他方は館の内に留まって
相手が到着するまで 自分の旅立ちの時期を待つ。
一方(昼)は地上に暮らす者どもに数多を見る光を携えて行かれるが
他方破滅の夜は眠り(ヒュプノス)を すなわち 死(タナトス)の兄弟を
手に抱えて行かれるのだ 矇たる雲に身をつつんで。
またそこには暗い夜の子供たちが居を構えている
すなわち 眠り(ヒュプノス)と死(タナトス)で怖るべき神々である。この方がたを
輝く太陽は その光の筋をあてて 照し見ようとはされないのだ
天へと昇るときでも 天から降りてくるときでも。」l747-l762 岩波p.95-96
真意のところはこれまた知れません。しかし、パルメニデス以前と以後とでギリシアの思想は再び一変するとされるような所以はこのような多くの知を吸収しておきながらなお、新たな独創的な世界解釈を考えだしてくれたがためでもありましょう。これが、後エレア派に引き継がれるどころか、後二千年以上哲学にそれこそ時間などなかったかのような永き影響をもたらしていくことになるのです。
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今回の参考資料
・『哲学の歴史 第一巻 哲学誕生 始まりとしてのギリシア』
中央公論新社 2008年 責任編集:内山勝利
・『A New History of Western Philosophy In Four Parts』
Oxford University Press 2010 著:Anthony Kenny
・『ギリシア哲学史』
筑摩書房 2021年 著:納富信留
・『概念と歴史がわかる西洋哲学小辞典』
筑摩書房 2011年 編者:生松敬三、木田元、伊藤俊太郎、岩田靖夫
・『ギリシアの哲学者たち』
著:W.K.G.ガスリー 訳:式部久、澄田浩 理想社1973年
・『古代哲学史 タレスからアウグスティヌスまで』
著:A.H.アームストロング 訳:岡野昌雄、川田親之 みすず書房1987年
・『西洋哲学史 古代から中世へ』
著:熊野純彦 岩波書店2006年
・『西洋哲学史 上巻』
著:A.シュヴェーグラー 訳:谷川徹三、松村一人 岩波書店1939年

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